しんさんのブログ

科学や技術のこと読書のことなど

「数学に魅せられて、科学を見失う」ザビーネ・ホッセンフェルダー (著), 吉田 三知世 (翻訳) を読みました。

基礎科学の現状に対する危機感

現代物理学はかれこれ30年以上、基盤となっている部分を発展させられずにいると著者は主張しています。
LHCなどの超巨大な加速器を用いても、素粒子理論の基本となっている標準理論を超えるような発見はできていません。
しかも、この標準理論はこの宇宙を説明する根本理論としては満足できるものではないということに関しては、ほとんどの科学者が合意しています。

現代物理学を進歩させる基本原理はなにか?

著者によると明確に新しい実験結果が出てこない現状で、物理学者たちは理論の美しさや単純さ自然さ、エレガントさを評価基準にしているのではないかと主張しています。
これは、まさに地動説において天体の運動が円でなければならないと考えたときと同じことを現代の最先端の物理学でもやっているのではないかという批判です。
科学とは本来、数学的美しさとかエレガントさで評価されるのではなく実験事実を正しく説明できるかや自然を正しく記述できるかが基準のはずなのに、美しさとか持ち出すのは危険なのではないかという批判をしています。

量子力学相対性理論

量子力学はミクロの世界の現象を説明するために生み出されたものであり、その意味では著者の言う科学的なプロセスによって構築されました。
しかしその理論は直感とかけ離れており、波動関数の解釈や観測問題などおよそエレガントとは言えないような理解不可能という問題を抱えています。
一方の相対性理論幾何学的に記述された美しさを持ち、しかもしかも現象を予言しそれが実際に観測されるという素晴らしい成果をあげました。
後者のようなプロセスを現代の理論物理学者も志向しているが、標準理論を超える超対称性粒子の発見には高いエネルギーが必要でその兆候を示すような実験結果は探せど探せど全く出てきていません。

大統一理論超弦理論、ループする時空、量子力学相対性理論の統一

標準理論を構成するゲージ場の理論を超えるような多くの理論が生み出されているがそれらはどれも実験による検証が不可能であったり困難です。
にも拘わらず、物理学者は検証が不可能なことをあたかも科学のように議論しているがそれは健全な姿だろうかと著者は述べています。
しかもこのような構造が生じた背景には、研究者の増加と非正規雇用研究者の増加、論文至上主義、短期成果が期待され競争資金の取り合いという構造があると指摘しています。
上記のような構造のために、科学者の多様性が失われ一部の"人気"がある理論があたかも正しいかもしれないと皆が思い込む状態に陥ってしまっているのではないかと危惧しています。

誰が本書を読むべきか

このような内容の本を書くことは結構勇気がいることだなと思います。
特に素粒子理論のような研究者コミュニティーが比較的小さく密に結合している業界では、本書のような批判をするとコミュニティーに居づらくなる可能性があります。
実際に著者は、雑誌への投稿などで抵抗を受けたとも書いています。
日本ではよく基礎研究にたいして何の役に立つのかというような疑問や批判がされますが、いまの基礎研究は内部にそれどころではない科学として根本的に危ういものをはらんでいるということが分かります。
科学に携わる人、科学予算を決定する政策立案者、そして現代物理学の行き詰まりの状況を知りたい方に本書をお勧めします。

最も印象に残った文章

私が本書で最も印象に残った一節を引用します。
「いまは神経科学か、バイオエンジニアリング、あるいは人工知能の世紀であるように見えるかもしれない。私は、それは間違っていると思う。(中略)物理学の次のブレイクスルーは、今世紀に起こるだろう。それは美しいだろう。」
この一文に、完全に同意しますし、標準理論を超える物理学、量子論相対性理論が融合した新しい物理学は人類に現代のコンピュータやAIの技術がおもちゃのように思えるような革新的な技術をもたらしてくれるだろうと思います。
そこまで到達するには数百年かかるかもしれませんが、その時を楽しみに想像しながら本書を読み終えました。