週末、台風が接近してこの土日はずっと雨。外出もできないので、以前から気になっていた動画をじっくり視聴することにしました。
視聴したのは、最近公開されたTBS CROSS DIGのインタビュー動画、「Sakana AI CEO デイビッド・ハ氏:ミュトスが止まっても『Fugu』は動く」です。
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約1時間という長編インタビューですが、ハ氏の生い立ちから、ゴールドマン・サックスでのキャリアスタート、AIとの出会い、Google DeepMind(旧Google Brain)での研究、そして東京でのSakana AI起業に至るまで、ご本人の口から非常に詳しく語られています。
特に印象的だったのは、ゴールドマン・サックスでトレーダーとして働きながら、昼休みや帰宅後の時間を使ってAIの論文を読み漁り、匿名ブログで自身の研究を公開していたというエピソード。それがきっかけでGoogleにスカウトされたとさらっと話していますが、これは本当に凄まじいことです。ディープラーニングの黎明期、どれほど大変だったかと思いますが、それ以上に勉強や研究が楽しくて仕方がなかったのだろうと感じさせられます。
OpenAIやGoogleなどの巨大テック企業が巨大な単一の事前学習モデル(Monolithic Model)を追求するなか、日本発のユニコーン企業であるSakana AIがどのような思想と技術で世界に挑んでいるのか。エンジニアとして非常に興味深い内容が満載でした。
巨大単一モデルへのアンチテーゼ:「集合知」と複数LLMのオーケストレーション
Sakana AIの根底にあるのは、ひとつの巨大なモデルに依存するのではなく、複数の専門性を持ったAIを組み合わせる集合知の思想です。
ハさんが説明していた象徴的なプロダクトが”Sakana Fugu”。以下の解説がとても強く印象に残りました。
- Fugu自体は軽量なLLMであり、コンポーネント(司令塔)としての役割を果たす
- ユーザーからのタスクに対し、強化学習(RL)を用いて「どのモデル(GPT、Claude、Gemini、DeepSeekなど)に、どのステップでタスクを割り振るべきか」を動的に判断する
- まさに「アベンジャーズ」のようなチーム体制を構築するアーキテクチャである
エンジニア視点での面白さ
これまで多くのプログラマが、LangChainなどを用いてヒューリスティックに組んでいたモデルの出し分けロジックを、エンドツーエンドの強化学習に置き換えている点が非常にエレガントです。
これにより、特定のベンダーに依存することなくAIの主権を担保できるというのは、極めて合理的で賢いアーキテクチャだと感じました。
Sakana AIは、莫大な資金が必要な事前学習の部分は海外の巨大企業に任せ、自分たちは事後学習と推論時スケーリングにリソースを全振りすることで、日本、そして世界に求められるAIモデルの開発に注力していくそうです。
限られた計算資源のなかで最高のパフォーマンスを出すという制約駆動的なアプローチは、資源の少ない日本が歴史的に得意としてきたモノづくりの精神にも重なります。
ポストトレーニングにおいて、モデルの元々の能力を失うCatastrophic Forgettingを防ぎつつ、DeepSeekやLlama等が持つ固有のバイアスや検閲を排し、日本の価値観や文化にアラインさせる「Namazu」シリーズの開発など、非常に泥臭くも高度なチューニング技術の話は技術者としてすごいと思いました。
次のキーワードはRSI(再帰的自己改善)、AIがAIを自律的に改善する未来
動画のなかで、今後の大きなトレンドとして語られたのがRSI(Recursive Self-Improvementです。
私が動画を観ていて最もワクワクしたのが、この「AIがAIを自律的に改善していく」というプロセスでした。Agent-Nativeモデルから「AI Scientist」、そしてRSIへと繋がるロードマップは、これからのAI開発における最大のメガトレンドになるに違いありません。まさに次の最重要キーワードです。
「AIが自分でコードを書いて次のバージョンを作る」という、まるでSFのような話に彼らは数年前から取り組んでおり、現在はSakana AI内部に「RSI Lab」という専門組織まで立ち上げているそうです。
ハさんは、RSIを効果的に回すことで、最先端ラボの1〜2桁低いコストでモデル開発ができる可能性を示唆しています。このブートストラップ的な進化プロセスには、一種のムーンショット的な夢とロマンを感じました。
独自のビジネスモデル:パランティア型アプローチと防衛への想い
ビジネス面において、Sakana AIはコンシューマー向けの汎用ツールではなく、エンタープライズ、特に日本のメガバンクなどの金融機関や政府系のコア業務への深く尖った導入を進めています。
顧客の現場に、今テック業界で注目されている「FDE(Forward Deployment Engineer)」を送り込み、個別の課題に合わせてAIシステムをカスタマイズして展開する手法(Palantir型モデル)をとっているとのこと。
金融分野の例として、学会の「論文審査AI(AI Scientistの査読機能)」の仕組みを、銀行の「融資審査AI」に応用できるという具体的な話があり、興味深かったです。
また、防衛分野に関するコメントも非常に興味深いものでした。
ハさんは、日本を「世界の中で自由と民主主義がしっかりと機能し、同時に独自の素晴らしい文化も守られている稀有な国の一つ」として深くリスペクトしています。
だからこそ、その日本の民主主義や防衛アーキテクチャをAIの力でアップデートし、長期的な成功を支えたいという強い想いがあり、それが防衛・政府分野に進出する真摯な理由のようです。
まとめ:これからのAIエンジニアに求められるもの
ハさんの「トレーダーからAI研究者、そして起業家へ」という異色のキャリア自体も大変魅力的ですが、何より「日本のリソースの少なさを制約ではなく、イノベーションの源泉として捉える」という逆転の思想に強く共感させられました。
このインタビューを観て、これからのAIエンジニアに求められるのは、単にAPIを叩くだけのスキルではないと確信しました。
- 複数のモデルの特性を見極め、強化学習や推論時スケーリングを用いてシステム全体を最適化する「アーキテクチャ設計力」
- 顧客のドメイン知識をポストトレーニングでモデルに高精度に注入する「泥臭いデータエンジニアリング力」
こうした能力こそが、今後のエンジニアの生存戦略になるのではないかと思います。
「sakana.ai」のドメインをわずか2,000円で取得した裏話や、会社名をなぜ日本語の「魚(Sakana)」にしたのかという由来も含め、技術者として多くのインサイトと刺激をもらえる、本当に見る価値のある面白いインタビューでした。
雨の週末のインプットとしておすすめです。まだ観ていないエンジニアの方は、ぜひチェックしてみてください!