しんさんのブログ

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「脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす」 甘利俊一著を読みました

80代になっても精力的に研究を行い論文を発表されている甘利先生は本当に尊敬に値する素晴らしい研究者

著者の甘利先生は現在のニューラルネットワークの基礎となる理論的なバックグラウンドとなる重要な仕事を多くした方として有名です。
数理脳科学、情報幾何学、神経場の理論、統計神経力学などを切り開き、脳の情報処理メカニズムをヒントに現在のディープラーニングブームの基礎となる重要な発見を数多くしてきました。
身近なところではニューラルネットワークの学習時に用いられる逆伝搬に基づく確率的勾配降下法のアイデアも甘利先生のものです。

ディープラーニングに携わっていたり興味を持っている方は必読の書籍

2019年にそれまでの大きな業績が認められて文化勲章を受章されましたが、これもまた当然の受賞であると思います。
その甘利先生自身が自分の研究の歴史を振り返りニューラルネットワークに関する重要な発見がいかになされたのかが簡単な数式とともにわかりやすく書かれています。
本書を読んでいると甘利先生の講演を目の前で聞いてるような気分になれます。
いま機械学習ディープラーニングに携わっていたり興味を持っている方は必読の書籍です。

連想記憶理論を提唱

脳の記憶のメカニズムとしての多安定と発信、時系列、カオス現象を使った連想記憶理論を提唱し、本書の中でその発見の経緯とわかりやすい解説があります。
ホップフィールドモデルと呼ばれている海馬での記憶のモデルを最初に提唱した人は甘利さんなのです!(むしろホップフィールドモデルを超えるモデルを提唱している)
[海馬の記憶のメカニズム: 情報の関連性を記憶する]
海馬ではコンピュータと違い記憶すべきパターンの関係性をシナプスの重みとして覚え、複数の記憶はその関係性の重ね合わせで保存している。
従って、思い出すときは重ね合わせの中からダイナミクスを利用して安定平衡状態にたどり着くことで思い出したいパターンを得る。
つまりコンピュータように記憶しているのではなく、記憶(安定平衡状態)を引き出すためのダイナミクスニューロンの重みとして保存し、記憶の復元はそのダイナミクスをめぐることで目的の平衡安定性に到達するそうです。

人工知能は人間を超えるのか

6章、7章では人工知能の未来について書かれていて、この章が一番面白かったです。 知能には多くの面があり、計算能力や記憶力ではすでにコンピュータが人間をはるかに超えています。
では、人間のように心があり人間のように判断して行動できる人工知能はつくれるでしょうか?
シンギュラリティーは来るのでしょうか?
甘利先生はシンギュラリティーが来るというシナリオを信じないと書いています。
人間は人工知能をパートナーとして使いこなし新しい文明を発展させていくと予想していますが、人間の愚かさの部分がに対して鋭い指摘と危機感を表明しています。
「人が金銭に支配され、同時にネットを通じて情報に支配されるほうが、私は恐ろしい。」と書かれ人工知能がそのための手段となり文明崩壊の危機の可能性があると述べています。
技術の問題ではなく文明自体の問題であると述べています。
意識とは共同作業の中で自分が何をするか人に伝えるためには、自分の意図を自分が知っていなければならない、それが意識であると著者は書いています。
そして意識の統合情報理論に話は移っていきます。
トノーニの有名な著書は私も読みたいと思い積読していますが近い将来読みます。

自由意志は存在するのか

私は物理学を研究していたこともあり、古典論の原理で動作する脳はニュートン力学的な決定論的法則に支配されていると考えていますから自由意志というものは幻想であり存在しなという立場です。
物理学でも量子論のように決定論の範疇では記述できない理論が自然を支配していますが、それを根拠に自由意志があるというのはいかにも矮小な議論だと述べられています。
決定論的な方程式からもカオスが生じることは知られていますが、そこからなぜ自由意志が生じるかも明らかではないです。
この議論には意識と無意識の問題が絡んでおり、結局著者はこれは答えが出ない不良設定問題だと言っています。
つまり問題の問いかけ方が悪いということです。
情報のパターン表記と記号表現の立場に立って見れば、前者は決定論的であるが後者には自由意志のようなものが生じると言っています。
両者の統合を人工知能が成し遂げることができれば新たな躍進があると期待できる。

私もそういう躍進に少しでも貢献できるように日々研究を続けようと思います。